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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4957号 判決

債権者 岸田甲一郎

債務者 株式会社東花 外一名

主文

債権者において、保証として、債務者等のため、共同で、金五十万円を供託することを条件として、次の処分を命ずる。

別紙〈省略〉第一目録記載の物件に対する債務者株式会社東花の、別紙第二目録記載の物件に対する債務者株式会社前田製作所の各占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

債務者株式会社前田製作所は、石鹸用バンド型乾燥機の最後の段階において、上下のコンベア・バンドの中間に、石鹸の押つぶし、脱水及び均質化の作用を有する中間ローラーを設けた石鹸用乾燥機を製造、販売又は拡布してはならない。

債権者のその余の申請は却下する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を債権者の負担とし、その余を債務者等の負担とする。

事実

第一当事者の主張

一  債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、

「債務者株式会社東花は、東京都港区芝田村町六丁目六番地の同債務者工場に備え付けてある登録第二〇五、二六一号特許権並びに登録第四一二、一三七号実用新案権の権利範囲に属する別紙図面のような五段連続自動熱風乾燥機を使用してはならない。同債務者の右物件に対する占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

債務者株式会社前田製作所は、前記特許権及び実用新案権を使用した別紙図面のような連続自動熱風乾燥機を製造し、もしくは販売してはならない。右特許権及び実用新案権を使用した連続自動熱風乾燥機又はその半製品、仕掛品、木型及び設計図面に対する同債務者の占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。」旨の判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

(一) 債権者は、その発明にかかる乾燥装置について、昭和二十九年四月十九日、特許第二〇五、二六一号として登録を受け、又その考案にかかる石鹸乾燥機について、昭和二十九年四月六日、実用新案第四一二、一三七号として登録を受け、現にその権利者である。

(二) 本件特許の請求の範囲は、「ローラーチエンを使用したアリゲーター式無端帯金網コンベアを上下数段に配置した乾燥装置の片側に、軸と直角方向に、かつ、上下二室に区分して送風するようにプレートフアンを装置し、上段の風をコンベアを横断せしめ、循環せしめず、そのまま室外に排出せしめるように、上部排気プロペラフアンを設け、下段の風をコンベアの最終端の方向より吸入する新鮮空気とともに、コンベアを横断循環し、コンベア横断による温度低下を補つてプレートフアン吸入側に通気せしめるよう、コンベアの両側に空気加熱装置を設けた空気誘導室を設け、更に、コンベア金網より落ちる細粉を、最低部において一端に集積せしめるように、装置の最低部にダスト、コンベアを設けた乾燥装置」であり、本件実用新案の登録請求の範囲は、「石鹸用バンド型乾燥機の最後の段階において、乾燥機筐体より外部に突出したコンベア、バンド上下二つの間に、中間に位置せしめて中間ローラーを設け、上のバンドまで運ばれて来たリボン状石鹸を更に押しつぶして、その脱水と含水量の均一化とを計つた石鹸用乾燥機の構造」である。

(三) 前記特許及び実用新案の装置は、石鹸製造において最も重要な原料の迅速な純粋乾燥を自動連続的に運ぶ画期的な発明及び考案であり、良質の石鹸を得るために欠くことのできない能率的な装置であるが、その発明者である債権者は、昭和二十七年二月頃、厚美油脂工業株式会社からの注文により、債務者株式会社前田製作所(以下債務者前田という。)に対し、石鹸用乾燥機一式(二屯型キシダ式連続自動乾燥機と称する。)の製作を依頼し、当時債権者が特許申請中であつた本件乾燥機の図面全部を提供し、かつ、その技術上の秘密を詳しく説明して製作させたことがある。

(四) ところが、債務者前田は、昭和二十八年初め頃、債務者株式会社東花(以下債務者東花という。)の注文によつて、かつて、債権者が貸与した図面をそのまま模写した同一の寸法で、同一の方式による石鹸乾燥機一式を製作納入し債務者東花は、これを東京都港区芝田村町六丁目六番地の同債務者工場に備え付けて使用し、石鹸製造の業に供している。

(五) 右石鹸乾燥機は別紙図面のような構造であり、乾燥室内部に無端帯金網コンベアを上下五段に配置し、前記乾燥室の左右両側に、側室を設けて、石鹸出口側から見て左側の側室内には、上部に加熱器を、又下部に三個のプレートフアンを設置し、その内壁の上部には乾燥室内部に通ずる多数の風孔を、又その下部(各プレートフアンの吸込口)には乾燥室内下部に連通する三個の孔を設け、他方乾燥室の右側の側室内には、上部の前後位置に、それぞれプレートフアンを設置し、中央位置には前後部及び下方部分と区画された小室を設けて、その外壁にプロペラフアンを置き、又その側室の下部には加熱器を設け、その側室の内壁には、下部に乾燥室内部に通ずる多数の風孔を、又その上部には前後位置(前記各プレートフアンの吸込口)に、左側室同様二個の孔を、中央位置には前記プロペラフアンを囲む区分室に相応する切欠口をそれぞれ設け、更に、コンベアの四段目五段目の間に中間ローラーを(ただし、右部分は外部に突出させず、機筐体の内部におさめて)設置したものである。

(六) これを本件特許の方式にくらべると、(イ)ローラーチエンを使用したアリゲーター式無端帯金網コンベアを上下数段に配置すること、(実際は双方とも五段になつている。)(ロ)コンベア金網より落ちる細粉を最低部において一端に集積せしめるように、装置の最低部にダストコンベアを設けたこと、(ハ)乾燥装置の片側にプレートフアンを設け、他の一方にはプロペラフアンをつけて、乾燥装置内に空気の循環を良好ならしめたこと、(ニ)コンベアの最終端方向から新鮮空気を吸入し、これをコンベアの両側に設けた空気加熱装置で温めるとともに、プレートフアンにより循環させ、コンベアの上に運ばれる物体を乾燥するようにしていること等の点においては、全然同一である。しかして、両者の異なる点といえば、特許の方式においては、プレートフアンを片側のやや中央につけ、それにより上下の二方向に分けて送り出される風は、大別すると、コンベアの上二段の部分においては、コンベアを横断して湿気を帯び、そのまま反対側のプロペラフアンによつて外部に導き出され、下三段においては、加熱されて装置内を循環し再びプレートフアンに吸い込まれて上下二方向の風となり、やがて外部に吐き出されるのに対し、右石鹸乾燥機においては、片側のやや下部と反対側のやや上部との双方にプレートフアンをつけ、それによつて送り出される風は(機筐体の中央の部分においては、特許の方式と全く同じく、上部の湿気を帯びた空気はプロペラフアンの作用で外部に排出され、下部は装置のやや下方を循環するが、)、機筐体の前部及び後部においては、両側のプレートフアンが相互に作用して、装置の高さ一杯まで空気の循環を生じ、やがて中央部にあるプロペラフアンによつて外部に排出されることだけである。しかして、右の差異は、特許の方法に容易に附加し得るものであり、その根本となる空気の流通方式の構想は全く同一である(あるいは、その大部分において特許の方式を包含するものである。)から、前記石鹸乾燥機は、本件特許権の権利範囲にてい触するものである。

(七) 又これを本件実用新案の構造にくらべると、両者とも全く同一の中間ローラーを設けている。ただ、実用新案においては、それが機筐体の外部に突出しているのに対し、債務者等の乾燥器においては、それが内部に収められている(換言すれば、この部分を筐体で蔽つている。)の差があるに過ぎず、しかも、その位置及び形態は全く同一でその目的は、その位置まで運ばれて来たリボン状石鹸を押しつぶして、その中に含まれている水分を除き、かつ、含水量を均一にするという作用を行う点において一致しているから、本件実用新案の権利範囲にてい触するものである。

(八) 債務者前田は、その後も業として右と同様の石鹸乾燥機の製造販売を続け、債務者東花は、同じく前記石鹸乾燥機を使用して石鹸製造業を営み、それぞれ債権者の本件特許権並びに実用新案権を侵害している。よつて債権者は債務者等に対し、特許権並びに実用新案権に基き、その侵害行為禁止等請求の本案訴訟を提起しようとするものであるが、債務者等の現になしつつある権利侵害を速やかに停止しなければ、債権者の本来の権利は実現できないばかりでなく、その顧客を失い、製品の信用を害せられ、回復し難い損害を蒙むることとなるので、これを避ける等のため、債務者等に対し本件各仮処分申請に及ぶものである。

二  債務者等の主張

(申立)

債務者等訴訟代理人は、本件仮処分申請を却下するとの判決を求め、債権者の主張に対し、次のとおり答弁した。

(答弁)

(一) 債権者がその主張の日に、その主張の特許並びに実用新案について登録を受け、現にその権利者であること、右特許権及び実用新案権の権利範囲が、いずれも債権者主張のとおりであること、債務者前田が債権者主張の頃、債権者の注文によつて石鹸乾燥機を製作し、これを厚美油脂工業株式会社に納入したこと、債務者前田が債権者主張の頃債務者東花の注文により石鹸乾燥機を製作納入し、債務者東花がこれを債権者主張の場所に備えつけて石鹸製造の業に供していること及び右乾燥機の原理が債権者主張のとおりであり(たゞし、右は原理のみであつて、実際の設計構造については、この限りでない。)、債権者主張の個所に中間ローラーを設けていることは、認める。

(二) 債権者前田が製作し、厚美油脂工業株式会社に納入した石鹸乾燥機は、債権者より提示された図面によると、その設計が原理上も技術上も劣悪であつたので、債務者前田において、債権者の了解を得て改良し、図面を訂正の上製作したものであり、債権者の考案設計は、模倣するに足る価値はなかつたし、債務者前田は、以後の製作品においても、これを模倣したことはない。又債務者前田が製作し、債務者東花が使用する石鹸乾燥機は、債権者の特許並びに実用新案とは、全く方式を異にするものであつて、右特許権並びに実用新案権にてい触するものではない。

(三) 本件特許発明は、その明細書の「発明の詳細なる説明」の項の末段において、「空気の循環方式を効果的になし、且有効な熱交換を計り、高度の熱経済で而も高能率で乾燥の目的を達し得るものである」旨記載されている点から明かなように、空気の循環方式の特殊性にその要点が存するものであり、その空気循環方式の構成要素は、「乾燥装置の片側に、軸と直角方向に、かつ、上下二室に区分して送風するようにプレートフアンを装置し」、「更に上段の風をコンベアを横断せしめ、循環せしめず、そのまま室外に排出するように上部プロペラフアンを設け、下段の風をコンベアの最終端の方向より吸入した新鮮空気とともに、コンベアを横断循環し、コンベア横断による温度低下を補つてプレートフアン吸入側に通気せしめるようにコンベアの両側に空気加熱装置を設けた空気誘導室を設け」た点にあることが明かであつて、特許請求の範囲の項に記載された他の事項、すなわち、「ローラーチエンを使用したアリゲーター式無端帯金網コンベアを上下数段に配置すること及びコンベア金網より落ちる細粉を最低部において一端に集積せしめるように、装置の最低部にダストコンベアを設けたこと」などは、何等新規のものでないだけでなく、ローラーチエンを使用したアリゲーター式金網コンベア及び前記のダストコンベアを使用せずとも、前記の空気循環方式は実施し得られるものであるから、これらの点は本件特許発明においては、主たる構成要素ではなく附随的の要素に過ぎない。

(四) しかも、無端帯金網コンベアを上下数段に配置した乾燥室の一側中段にフアンを設け、そのフアンによつて乾燥室から空気を吸い出し、その空気を上下に分けて、上段に向う空気を、一部は乾燥室の反対側の排気用フアンによつて外部に排出し、一部は乾燥室上部を経て前記中段のフアンに吸い込ませ、又下段に向う空気は、乾燥室下部を経て前記中段のフアンに吸い込ませる空気循環方式は、すでに、石鹸乾燥機として戦前から一般に使用され、本件特許の出願前から公然知られていたものであるから、本件特許は、これらの公知事実の存在を考慮に入れて、その権利範囲を判断されなければならない。

(五) 債務者等の乾燥機の空気循環方式においては、乾燥室内下部の空気は、石鹸出口より吸い込まれる新鮮空気とともに左側室下部のプレートフアンに吸い込まれて、その側室内を上向きに吹き上げられ、上部の加熱器によつて加熱された後に、乾燥室内上部へ吹き出され、乾燥室上部を横断し、右側側室上部のプレートフアンに吸い込まれて右側側室内下方へ吹き出され、下部の加熱器によつて加熱された後に、乾燥室下部へ吹き出され、乾燥室下部を再び横断して左側側室下部のプレートフアンに吸い込まれ、前記の回路を循環する。しかして、左側室下部プレートフアンの下側及び右側室上部プレートフアンの上側には、渦巻の一部をなす反対向きの案内板があるから、各プレートフアンから吹き出される風は、石鹸出口の方から、入口の方に向う分速度によつて、乾燥室全体をラセン状に循環しながら、石鹸入口の方向に進行し、進行に従い風圧が上昇するので、右側室上部のプロペラフアンにより一部の空気を排出し、風圧を下げて蒸発を容易にするとともに、蒸発した水分を外部へ排出し更に一部の空気は、石鹸入口から排出されるものである。

(六) このように、債務者等の乾燥機の装置は、特許の方式のように「上下二室に区分して送風するように」したものでなく、「上段の風」と「下段の風」というものがないから、「上段の風をコンベアを横断せしめ、循環せしめず、そのまま室外に排出するように上部プロペラ、フアンを設け」たものでもなく、又、前記の「下段の風をコンベアの最終端の方向から吸入した新鮮空気とともにコンベア横断循環」させるものでもなく、特許の方式とは全く異つた特殊の空気循環方式を採用し、有効な熱交換を計つて高能率で乾燥目的を達することを特徴とするものである。

(七) しかして、移動機構及びダスト、コンベアの部分は、前記のとおり、本件乾燥機の主要構成要件でなく、附随的要件に過ぎないから、債務者等の装置が、それらの附随的構造を具備していても、主要構成部分である空気循環方式において、全然別異のものである以上、特許権を侵害するものでないことは明らかである。

(八) 本件実用新案において、中間ローラーは、「リボン状石鹸を押しつぶして、その脱水と含水量を均一にする」ことを目的とし、その構造は、運転取扱いを便利ならしめるために、その段階のコンベアバンド及び中間ローラーを乾燥機筐体より外部に出すことを必須要件としているが、債務者等の乾燥機においては、右ローラーは脱水と含水量を均一にすることを目的としたものでなく、二個のローラーの周速度を異らしめて石鹸を練り合わせる(粒子を細かくし、組織を揃える。)ことを目的としたものであり(従つて右中間ローラーは、必ずしも、コンベアの最終段階に置く必要はなく、むしろ、各段階にそれぞれ置くことが望ましいのである。)、又その段階のコンベアバンド及び中間ローラーを乾燥機筐体の外部に出さず、その内部に設けて、構造上の必須要件を具備していない。すなわちその構造配置及び作用効果が全く異るものであるから、実用新案の権利範囲に属しないことは明らかである。

(九) 仮に、特許権及び実用新案権の侵害を理由とする債権者の請求が理由あるものとしても、債権者の求めるような仮処分は許さるべきではない。すなわち、債権者は工場を有せず(したがつて、従業員もいない。)、注文があるときは、他の工場に依頼して製作させ、差額を利得するいわゆるブローカーであり、債権者が本件仮処分が発せられないことによつて蒙る損害は、単に受注が若干減る程度に過ぎず、しかも、それさえ自己の商策及び製作品の優秀をもつて克服し得べきことであるのに対し、債務者等は仮処分によつて、事件解決に至るまで乾燥機の製作又は使用を禁止される結果、その営業は成立せず、よつて蒙る損害は計り知れないものがある。このような場合に仮処分を許すとすれば、反面において、特別の事情によりこれを取り消すべき結果となり、一面において仮処分を許し、他面においてこれを取り消さなければならないような事情がある場合には、その仮処分は当初から許さるべきではないからである。

第二疎明〈省略〉

理由

一  債権者がその主張の日に、その主張のとおり特許並びに実用新案の登録を受け現にその権利者であること、債権者の権利に属する特許及び実用新案の権利範囲がその主張のとおりであること、債務者前田が昭和二十八年初め頃、債務者東花の注文により、別紙図面並びに債権者が前記(五)において主張するような構造原理の石鹸乾燥機を製作納入し、債務者東花はこれを債権者主張の場所に備えつけて、石鹸製造の業に使用していることは、当事者間に争いのないところである。

二  そこで、先ず本件特許発明の構成を、右当事者間に争いのない事実に基いて分析考察すると、その特色は、

(一)  ローラーチエンを使用したアリゲーター式無端帯金網コンベアを上下数段に配置すること。

(二)  乾燥装置の片側に軸と直角方向に、かつ、上下二室に区分して送風するようにプレートフアンを装置すること。

(三)  上段の風をコンベアを横断せしめ、循環せしめず、そのまま室外に排出するように上部プロペラ・フアンを設けること。

(四)  下段の風をコンベアの最終端の方向より吸入した新鮮空気とともに、コンベアを横断循環し、コンベア横断による温度低下を補つてプレート・フアン吸入側に通気せしめるようにコンベアの両側に空気加熱装置を設けた空気誘導室を設けること。

(五)  コンベア金網より落ちる細粉を最低部において一端に集積せしめるように装置の最低部にダスト・コンベアを設けること。

の五点にあるということができる。

しかして、成立に争いのない甲第一号証中「図面の略解」及び「発明の詳細なる説明」特にその末段において「すなわち、本発明は、空気の循環方式を効果的になし、かつ、有効な熱交換を計り、高度の熱経済で、しかも、高能率で乾燥の目的を達し得るものである」旨の記載、成立に争いのない乙第二号証の一から九、特に乙第二号証の五のうち「多段無端帯乾燥機において、コンベアの両端にその軸方向に送風するプロペラ・フアンを装置する構造の乾燥機は、公知に属するものですが、本発明は詳細なる説明に記述したとおり、多段無端帯装置の中段片側に、軸と直角方向に風を送るプレートフアンを装置し、これに関連して特殊形状プレート・フアン・ケーシングは、必要量の風を上下二分し、有効適切なる加熱管の配列と、下段空気の循環は、乾燥効果を極めて大ならしめるものであり、従来公知のものに比較し、空気循環の方法を全然異にしたものであります。又機械内部の空気流通方式が全然相異する、又これが乾燥機における能率を左右する最も重要なポイントであるのであります」旨の記載、成立に争いのない乙第九号証中「発明の性質及び目的の要領」の記載及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合して考えると、本件特許において新規の発明を構成すべき要部は、前記(二)、(三)、(四)の空気の循環方式にあることは明らかであり、前記(一)の点は、もとより、(二)、(三)、(四)の空気循環方式と密接に関連して乾燥を自動連続的に運ぶための要件ではあるが、前記(二)、(三)、(四)の空気循環方式自体は(一)の構造とは別個に成立し得るものであるから、発明の要部に対して補助的部分に過ぎず、(五)の点は、これと全く関係のないものであるから、右(一)及び(五)は、いずれも単に附随的構成要素であるといわなければならない。

三  しかして、特許の空気循環方式を、債務者等のそれとの関連において、更に具体的詳細に考察するに、前記甲第一号証、乙第九号証、証人谷山輝雄の証言によりその成立を認め得る甲第十二号証、証人東森信頼(第一回)の証言によりその成立を認め得る乙第一号証の一、二、証人谷山輝雄、東森信頼(第一、二回)の各証言及び債権者本人尋問の結果を綜合すると、特許の方式においては、乾燥機筐体の一側面中央部にプレート・フアン、反対側面上部に排気プロペラ・フアンをつけ、プレート・フアンによつて生じた風は、特殊の案内板によつて、上向きの風と下向きの風に分けられ、上向きの風は全体の約四分の一程度とし、それぞれ加熱器をとおして加熱し、乾燥室内に吹き出させ、上段の風はコンベアの上二段を横断するようにし、コンベア上の被乾燥物の間を通過させ、初期乾燥の作用をし、湿気を帯びてそのまま反対側上部につけられたプロペラ・フアンによつて室外に排出し、下段の風はコンベアの下三段(主として下二段)を横断させ、乾燥度の進んだ被乾燥物の間を通過して反対側に設けられた加熱器によつて温度低下を補い、コンベア三段目上を環流して再びもとのプレート・フアンに吸いこまれ、更に上向きの風と下向きの風に分けられ、下向きの風は再び前同様に循環し、排気に対する。補充新鮮空気は、被乾燥物出口から吸入され、熱交換により被乾燥物を冷却するとともに、温度上昇して下段の循環気流中に加わるものであることを、一応認めることができるのに対し、債務者等の装置の空気循環方式は、その構造原理については、当事者間に争いのない事実と成立に争いのない乙第八号証、前記乙第一号証の一、二及び証人東森信頼(第一、二回)の証言を綜合すると、債務者等が(五)において主張するとおりであることを、一応、認めることができる。

四  よつて、両者を比較考察するに、特許の方式にあつては、乾燥室の一側面中央部にプレート・フアンをつけ、これによつて生ずる風を上向きの風と下向きの風に分け、下段の風のみを循環させるのに対し、債務者等の装置は、一側面下部にプレートフアンを設け、これより生ずる風はすべて上向きの風となり、乾燥室上部を横断して反対側面上部のプレート・フアンに吸入されて下向きの風となり、乾燥室下部を横断し、乾燥室内を一杯に循環するものであり、特許の方式のように「上下二室に区分して送風」するものでなく、「上段の風」「下段の風」というものがない点において明らかに特許の空気循環方式と相違するといわなければならない。特に中央の部分においても、それが同一であるということはできず、両者の構想が同一であるとの債権者の主張は採用できない。

五  債権者の乾燥機の方式と債務者のそれは、ともにプレート・フアンを効果的に使用した点及び排気プロペラ・フアンを使用した点において類似するようではあるが、特許の方式におけるプレート・フアンは、特殊の案内板と相まつて、風を上下二方向に分けて送風する目的を有するのに対し、債務者等の装置におけるプレート・フアンは、一方向にのみ送風し、その分速度を利用し、循環気流を一方向にラセン状に進行させる作用を有しており、又プロペラ・フアンは、特許の方式においては、コンベアを横断してきた上段の風を循環させず、そのまま室外に排出するのに対し、債務者等の方式においては、ラセン状に進行する循環気流を、その途上において一部排出(残部は、被乾燥物の取入口から排出)するためのものであるから、プロペラ・フアン又はプレート・フアンを使い、あるいは、内部の空気が循環するからといつて、債権者の主張するように、債務者等の乾燥機の方式が特許の方式を内包するものといつてしまうわけにはゆかない。

六  次に、本件実用新案の構成を、前記当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第三号証とを綜合して考察すると、その構造は、(一)石鹸用のバンド型乾燥機の最後の段階において、コンベア・バンドの中間に、中間ローラーを設けること、(二)その部分のコンベア・バンド及び中間ローラーを乾燥機筐体の外部に突出させることの二点にあり、その作用効果は、前者においては、リボン状石鹸を押しつぶして乾燥効果をはかるとともに、その脱水と含水量を均一にし、後者においては、その運転取扱いを便利ならしめる点に存することが明らかである。債務者等は本件実用新案の外型的考案においては、右(一)、(二)の構造が不可分であるとし、特に、(二)の点を必須要件として強調するが(一)の効果は「登録請求の範囲」の中に記載され、(二)の効果は「実用新案の性質、作用効果の要領」の末段に記載されていること及び(一)の効果と(二)の構造とが特に関連すると考えられないことから見ても、その両構造を不可分とすべき理由はなく、かえつて、(二)の構造は、(一)の構造に対して附随的の地位にあり、本件実用新案の主要部分は、(一)の点にあると考えるのが相当である。

七  債務者等の乾燥機は、右の(二)の構造は有しないけれども、(一)の構造を有するものであることは、冒頭に記載したとおり、当事者間に争いのないところであるが、債務者等は、その装置における中間ローラーは、二個のローラーの周速度を異ならしめて、石鹸の練合せを行うことを目的としたものであり、石鹸を押しつぶして、脱水と含水量を均一ならしめる作用効果は有しないと主張するが、乙第一号証の二及び証人東森信頼(第一回)の証言中、債務者等の右装置が石鹸の均質化の作用を有しない旨の部分は、経験則に照して直ちに措信できず、かえつて、証人谷山輝雄の証言及びこれによりその成立を認め得る甲第十六号証並びに証人東森信頼(第一回)の証言によりその成立を認め得る乙第一号証の一を綜合すると、債務者等の装置がローラーの周速度を異らしめて石鹸の練合せを目的としたものであつても、それは同時に、当然、脱水と均質化の作用をも有することを、一応、認めることができ、これを覆すに足りる疎明はない。よつて、ローラーの周速度を異ならしめたことは、本件実用新案に対する附加的考案というべく、その要部において相違するものとは認められないから、債務者等の装置は、本件実用新案の権利範囲に属すものといわなければならない。

九  以上を綜合するに、債権者の本件仮処分請求中、特許権侵害排除を被保全権利とする部分は、その疏明なきに帰し、保証をもつて疏明に代えることも相当と認められないから、これを前提とする部分は到底許容できないが、実用新案権侵害排除の部分については、債務者東花が前記装置を石鹸製造の業に使用していることは冒頭において、説示したとおりであり、債務者前田が、これと同一のものを業として製造販売又は拡布すべきことは、証人東森信頼(第二回)の証言によつて窺うことができるから、実用新案権侵害の点は理由があり、その侵害を直ちに停止しなければ債権者はその権利を本来的に享有することができず、著しい損害を蒙むるであろうことは、その権利の性質及び本件口頭弁論の全趣旨に照し、一応認め得るところであり、債務者等は、中間ローラーの部分を使用できなくても、乾燥機については、その製作、使用等を妨げないのであるから、本件仮処分によつて致命的な打撃を蒙むるものとも認められない。(これに反する債務者の主張は採用しない。)

十  よつて、実用新案権侵害排除の請求についてのみ、債権者の本件申請を認容し、当事者の利害を衡量して、債権者の申立の目的を達するに必要な処分として主文第一項掲記の措置を定め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 石橋三二 田中恒朗)

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